東京地方裁判所 昭和51年(モ)18125号 判決 1977年10月04日
債権者 カトリック東京大司教区
右代表者代表役員 白柳誠一
右訴訟代理人弁護士 清水直
同 清水建夫
同 松島英機
同 浜田俊男
右訴訟復代理人弁護士 尾崎俊之
同 小島昌輝
債務者 船田物産株式会社
右代表者代表取締役 船田栄治
右訴訟代理人弁護士 満園武尚
同 満園勝美
主文
東京地方裁判所が昭和四八年四月一二日同裁判所昭和四八年(ヨ)第一九一〇号事件についてなした仮処分決定を認可する。
訴訟費用は債務者の負担とする。
事実
《省略》
理由
一 債権者が本件土地を所有していることは当事者間に争いがなく、債務者は、本件土地上の本件建物を占有していることを明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。
《証拠省略》によると、本件建物について吉岡留吉名義の所有権保存登記がなされていることが一応認められる。
債務者は、右吉岡留吉は、禮叡合名会社(現商号泉合名会社)から本件土地を賃借しており、右賃借権は債権者に対抗しうると主張するのに対し、債権者は、貸主は債権者であり、しかも右賃貸借契約は解除により消滅したと主張するので、先ず賃貸借契約の当事者について判断する。
二 《証拠省略》によると、吉岡留吉の昭和三八年の地代の領収書及び領収帳には、賃貸人として禮叡合名会社の名前が記載されていることが一応認められ、本件土地の貸主は同合名会社であるかのように見えるが、しかし、《証拠省略》によれば、次の事実が一応認められる。
1 昭和二〇年当時、吉岡留吉の父、吉岡龍太郎は、本件土地の一部一一坪六合を賃借しており、昭和二一年の二月には、更に一一坪四合を借り受けたが、昭和二〇年度の地代の領収証は、日本天主公教関東地方教区教師社団の名で発行され、一一坪四合の借地の権利金の領収証は日本天主公教会の名で、昭和二一年度の地代の領収証は日本天主公教の名で発行されており、右の日本天主公教関東地方教区教師社団は、昭和二〇年当時の債権者の正式な名称であること、また債権者は日本天主公教会という名前を用いていたこともあること
2 昭和三六年八月に債権者名(カトリック東京大司教区)で吉岡留吉あてに地代領収証が発行されていること
3 禮叡合名会社は、昭和二年に、土地家屋の売買賃貸其他之に附帯する業務を行うことを目的として設立された会社であるが、同会社の役員には債権者の役員が就任し、同会社のあげた利益は債権者に編入するなど債権者との結びつきは密接であり、債権者所有の土地についても同会社が管理を行っていた。その場合、同会社所有の土地については、同会社が賃貸人となるが、債権者所有土地については、貸主は債権者であり、同会社は賃料の取立等の事務を行うのみで、賃料収入は、債権者へ帰属するものとしていたこと
3 債権者は、昭和四五年に規則を改正し、収益事業として不動産貸付業を行うことを規則に明記したが、それ以前から不動産の貸付は行っており、昭和四三年七月一日から昭和四四年六月三〇日までの事業年度の確定申告において、本件土地を含む貸地からの収入を債権者の収入として申告していること
以上の事実によると、本件賃貸借については、賃料の取立等の事務は禮叡合名会社に委ねられてはいたが、貸主は債権者であると判断される。乙第一、第二号証に右会社名が賃貸人として表示されているのは、同会社が賃料の取立等を行っていたため同会社名で領収証を作成したものと解されるのであり、右各証によって同会社が賃貸人であると認めることはできず、その他にこれを認めるに足る証拠はない。
三 そこで、次に、債権者と吉岡留吉との間の本件土地賃貸借契約の解除の主張について判断する。
1 《証拠省略》によれば、債権者が昭和四八年四月三日付で吉岡留吉に対し、本件賃貸借契約解除の意思表示をなし、右意思表示は、同月四日吉岡留吉に到達したことが認められる。
2 《証拠省略》によれば、次の事実を一応認めることができる。
(一) 吉岡留吉は、昭和三六年頃本件物の築造にとりかかったが、途中で資金が続かなくなり、後は、債務者が資金を出した。吉岡は、他にも債務者に債務を負っていたため、債務者に本件建物及び土地賃借権を譲渡したかったが、賃借権の譲渡が禁止されていたため、債務者との間で次のような契約を結んだ。
すなわち、本件建物の所有名義は吉岡とするが、債務者は、三〇年間同建物を所有者と同様に自由に使用収益しうるものとし、吉岡は右期間中建物の返還を求めることはできない。債務者は賃料を支払う必要はなく、同建物を第三者に転貸することも自由である。固定資産税及び本件土地の地代も債務者が負担し直接納める。
債務者に三〇年間使用を許すことにより、吉岡の債務を六〇〇万円に減額し、三〇年後に同人が債務者に右金額を支払った場合には同建物を取戻すことができるが、これを支払えない場合には確定的に所有権が債務者に移転する。
(二) 本件建物については吉岡留吉名義の所有権保存登記がなされているほか、根抵当権者を債務者、債権額六〇〇万円、債務者吉岡の根抵当権設定登記、権利者を債務者とする停止条件附代物弁済契約に基づく所有権移転仮登記及び賃借人を債務者、賃借権を移転し又は賃借物を転貸することができる旨の特約のある賃借権設定の登記がなされている。
(三) 吉岡は、本件建物の基礎工事の段階で、債権者に連絡することなく住所を移転し、その後、吉岡の妻録子は昭和三六年九月に千葉県市川市国府台に住所を定め、吉岡留吉は、昭和三八年七月に茨城県稲敷郡阿見町に住所を定めたが、債権者に住所を通知することはしなかった。
(四) 地代は債務者により、当初、差出人を吉岡留吉、差出人の住所を吉岡の旧住所とする現金書留で送られていたが、その後昭和四〇年頃から債務者を差出人とする現金書留で送られるようになった。
(五) 債権者は、吉岡から何の事情の説明もなく、また同人所在も不明であったため、昭和四八年二月に債権者代理人が吉岡の住所を調査し、市川市で吉岡に面接するまで(一)に記載した内容の契約を吉岡と債務者が結んだことは知らなかった。
3 以上に認定した事情の下では、吉岡と債務者との契約は、形式的には、本件建物の賃貸借契約及び停止条件付代物弁済契約であるが、当事者の意図したところに従ってその実質を見ると、本件建物の所有権を債務者に移転し、吉岡に三〇年後に買戻す権利を留保したものと解するのが、相当であり、建物所有権を登記簿上も移転すると、本件土地賃借権の譲渡又は転貸の事実が明らかとなるので、それを避けるため、前記のような法形式をとったものと判断される。
賃借権の譲渡又は賃借物の転貸がなされたか否かは、単に当事者のなした契約の形式のみによって判断すべきではなく、その実質にも着目して判断すべきところ、前記認定の事情の下では(とくに吉岡は、地代の支払も自らなさず、三〇年もの間建物を取戻すことができない。)、吉岡と債務者との間の前記契約に伴ない本件土地賃借権の譲渡又は本件土地の転貸がなされていると解さざるを得ない。
従って、債権者と吉岡留吉との本件土地賃貸借契約は解除により消滅している、と言うべきである。
四 以上によれば、債権者は債務者に対し、本件土地所有権に基づき、本件建物退去、土地明渡請求権を有しているところ、本案判決確定前に債務者が本件建物の占有を他に移転し、占有名義を変更する等した場合には、本案訴訟で勝訴しても無意味となるので、その執行を保全するため、債務者の本件建物に対する占有の移転を禁止する必要があることは明らかである。
五 よって、その余の点について判断するまでもなく、債権者の本件仮処分申請は理由があり、これを認容した本件仮処分決定は正当であるから、これを認可することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 房村精一)
<以下省略>